2009年9月2日水曜日

陸路で国境を超える①

◎2005年パリ〜バルセロナ
パリ発バルセロナ行きの列車は、フランス南西部の町、ナルボンヌを通過。気が付くと、窓から見える看板の表記がフランス語からスペイン語へ変わっていた。
国境を越えたのだ。人生2度目の陸路による国境越えだ。またしても何も起こらないことに、安堵と少しの退屈が混じった複雑な気持ちが揺らめく。やがて、小さな駅に列車は静かに停まる。窓から見える乾燥した住宅街と長い乗車時間の疲れが複雑に絡まり合い、静寂が乗客を包んでいた。
「動くな!」国境警備隊とおぼしき3人の男が突然入ってきた。一瞬にして静寂が緊張へと変わる。
やがて僕の番が来て「You English?」「Yes」──と、片言の英語でいろいろ質問され、片言の英語で応答。
シュンゲン協定のおかげで、煩雑な出入国審査は不要だ。猜疑心が頭から離れない僕は、パスポートの提示を拒んだ。しかし、
「ハリーアプ!」と、凄まれ勢いに気圧されてしぶしぶ手渡した。「Yes」という言葉とともに、僕のパスポートは投げ返された。問題ないようだった。
3列前の黒人親子は連れ出されていった。窓から見える彼ら親子の表情は、乾燥した大地にとけ込み、静かにゆがんで見えた。
◎2008年アンマン〜エルサレム
ヨルダン側の国境ゲートは、外国人専用の部屋へ通されるため、炎天下に並ぶ百人以上の列をやり過ごすことができた。そこでパスポートではなく別紙に出国スタンプを押してもらう。イスラエルの出入国スタンプを避けるためである。それがあると、2度とイスラム圏の国へは出入国できなくなるからだ。
ヨルダンの首都アンマンから国境キングフセイン橋を超えてエルサレムへ向かうルートは、中東を旅する者にとって有名で、そのルートにおける注意点は周辺国にある多くのゲストハウスの情報ノートに記載されているほど。
最も注意すべきは、パスポートの別紙を使用するという点で、最も素晴らしいのは、イスラエルの国境警備員は美人ばかりで、かつ長時間にわたって詰問されるため、そういうのが好きな人にはたまらないという点だ。
キングフセイン橋を専用バスで渡るとそこからイスラエル。ヨルダン側とは違い、イスラエル側の国境ゲートは、とても立派だ。
アメリカ人はVIPという窓口でほとんど素通りで入国していく中、日本人の僕は、外国人用の窓口に並ぶ。前には20人ほど並んでいた。2時間弱でようやく僕の番になる。笑顔でパスポートを渡す。いろいろ質問をされ、情報ノートに載っていた模範解答を答えていく。
しかし突然、美人イスラエル人の顔が曇る。あなた、どうしてパキスタンのビザがあるの?僕は予想していなかった質問にたじろいだ。「ただの観光だよ」と答えたが、通用せず別室へ呼ばれた。
別室では、CITI BANKの国際キャッシュカードがあるだけで、現金もクレジットカードもなかったことなどを突っ込まれた。それでもなんとか押し問答を続けているうちに、無事、別紙に入国スタンプをもらえた。
僕が入国スタンプを押してもらえたのに要した時間は、5時間くらいだった。その間、何人ものパレスチナ人がひれ伏し、泣き叫ぶ姿を見た。近代的な建物にその悲痛な叫びは吸い込まれ、異様な風景だと僕は感じた。
◎ヨルダン〜シリア
アンマンからシリアの首都ダマスカスへと国境を渡るルートは、いくつものバス会社が運行している。一般的なルートである。
スタンプは別紙に押してもらったので、僕のパスポートにイスラエル入国の痕跡はない。ビザなしでも問題なく、日本人はシリアへ入国できるはずだった。
自信満々に、シリア側のイミグレーションオフィスへ並び、5分ほどで僕の番になる。しかし、5秒ほどで出入国管理のおじさんは険悪な顔になった。
「ヨルダンへ帰れ!」スゴい勢いで怒鳴りつけられた。荒涼たる大地に立つ、イミグレーションオフィスにその罵声は、至極まっとうな気がして、焦りが余計に 増す。入国拒否スタンプを押されたら、イスラム圏の出入国は一切できなくなることは有名だ。ヤバい!とっさにパスポートを奪い取る。睨まれた。
僕はバスのヨルダン人添乗員に助けを求めた。「1ドルよこしなさい」彼は僕の1ドルをパスポートに挟んで再提出した。それでもおじさんは相手にしてくれ ない。「なぜ」としつこく聞くと、「お前は、イスラエルへ行った」とイスラエル入国の際に張られた小さなシールの糊の跡が少し残っていることを指摘してき た。急いで、パスポートをツバとシャツとで拭った。「どうだ!」と渡すと、今回だけは許してやろうといった感じで、ようやく入国スタンプをもらえた。

◎シリア〜トルコ
このときもらえる、入国スタンプには3日以内に出国しなければいけない旨が仏語で書いてあった。なので、2日目に、ダマスカス市内にある出入国管理局へ出向き、2週間の観光ビザをもらおうとした。しかし、どうあがいてもくれなかった。僕は諦めて、オーバーステイで少しくらい罰金を払ってもいいかなと思い2週間後、そのままトルコとの国境へ向かった。入国の際あれだけいざこざがあったのに、オーバーステイのパスポートでのシリア出国は、2分くらいで、罰金もなくスムーズに終わった。今ではシリアから10倍に跳ね上がるトルコの物価を暗示していたように感じる。「もっとシリアにいればいいのに」と。