2010年9月10日金曜日

初めての海外一人旅 〜甘い誘惑編〜

◯ハンブルグは冬だった

「何も心配はいらないから行ってきなさい」
「で、でもやっぱり恐いので……」
「ここまできて帰るのか!? それでも君は男か!」
「は、はい。行ってきます!」

19歳の冬、僕は初めて一人で海外へ飛び出した。
ドイツ、フランス、スペインをまわる大冒険だった。初日、不安とか恐れとか、もうビビりまくりで、ドイツ・ハンブルグへ降り立った。
小便チビリそうになりながら、市内に着いたときにはすでに夕暮れをむかえていた。
泊まるつもりでいた目当てのユースホステルがどこにあるのかまったくわからない。『ヨーロッパ3000円の宿』に載っていた小さな地図を手書きでうつしたメモしか持っていなかった。歩けど歩けど、着かない。日は完全に落ち、街が暗くなってくる。
仕方なく、近くにあったホテルのマークが着いている建物に入り、道を尋ねた。どうやらてんでおかしな方向を歩いていたようだ。地下鉄を乗り継ぎ、何とか、ユースホステルに着いた。

◯オリバー(25歳)はそんなに大人じゃない

「泊まりたいんですけど…」目が青くて、なぜか下半身ばかり太っている白人のおばさんが、「予約してくれないと困るんだけどね〜」とグチグチ文句を言いながらも部屋へ案内してくれた。
四人部屋ドミトリーには、僕のほかに、韓国人とドイツ人の男がいた。一年ばかり習った拙いドイツ語でそのドイツ人(確か、オリバーと名乗った)に話しかけると喜んでくれて、一緒にメシにいこうと誘ってくれた。
オリバーは、25歳のサラリーマンで、どこか遠くのドイツの街から出張にきていると言った。
ビールをグビグビ飲むオリバーがもの凄く大人に見えた。僕は一杯でへろへろだ。
でも、おごってはくれなかった。25歳はそんなに大人じゃないのかもしれないと、そのとき思った。

◯ユースホステルのバーで

ユースホステルに戻ると、することがなかった。
夜も9時になっていたので、一人では恐くて外にも出られない。
仕方なしに、ユースホステル内にある、バーに行ってみることにした。

まず目に入ったのは、2人の日本人女性だった。僕は何かにひきつけられるように、彼女たちに話しかけていた。不安を紛らわしたい一心だった。でも、そんな僕をナンパ野郎と勘違いしたのか、冷たくあしらわれた。仕方なく一人でカウンターに座って、ビールを飲むことにした。ビールは相変わらずマズかった。

「ヘイ、君は日本人かい?」
隣に座っていた白人男性が急に話しかけてきた。
「そ、そうですけど、初めてで、いろいろ、えっとスゴいですね〜」
よくわからないことを英語で答えた。
それでも、彼は親切に色々と話してくれた。日本にも行ったことがあると言った。
ポーランド人のシモンという名前だったと記憶する。
シモンは、お酒がすすんでくると、小さな声で僕の耳にささやいた。
「君は、金髪が好きかい?」
「は、はぁ。嫌いな人はいないと思います」
「わかった。よしじゃあ俺についてこい」

◯シモン(23歳)はビビっていたのかもしれない

ユースホステルの隣の駅に着くと、そこは別世界だった。
──レーパーバーン。
「世界で最も罪深き1マイル」とも称される、ヨーロッパでも随一の歓楽街。(もちろん、そのとき僕はそんなこと知らなかったけれど)どこからどう見ても、妖しい電飾がゆらめくエロスの街だった。一人で引き返すのも恐いので、僕はズンズンと歩くシモンの背中を見失わないように、必死に後を追った。5分くらい歩くと、シモンが一軒の店に立ち止まり僕に叫んだ。
「何も心配はいらないから行ってきなさい」
「??」僕がハテナという顔をしていると彼は着いて来いと、先頭をきって建物に入っていった。
建物の中にはたくさんのドアがあって、ドアの前にはそれぞれ金髪の美女(そうでない女性も)が一人ずつ座って、ウィンクなり投げキッスなりで誘惑してくる。
シモンはお手本を見せてやると、一人の女性に話しかけた。
どうやら、時間とお金とプレーの交渉をしているようだった。
一度、シモンと共に、建物の入り口まで戻ると、彼はもう一度僕に、
「何も心配はいらないから行ってきなさい」と言った。
「で、でもやっぱり恐いので……」僕が渋っていると、
「ここまできて帰るのか!? それでも君は男か!」
え〜!? 君が強引に連れてきただけじゃないか!? と思ったけど、口に出せず、
「は、はい。行ってきます!」と答えてしまった。
一人でもう一度その建物に入ると、余計に恐ろしく、誘惑してくる女性たちはみな悪魔のように見えてきてしまった…。
とにかく、落ち着こうと、端っこにあった階段に腰掛け、気分を沈めようとした。
すると、それまで閉まっていた目の前のドアが開き、金髪の女性が顔をのぞかせた。
「どうしたの、大丈夫?」
その優しい言葉が、誘惑のためだったかは定かではないけれど……。
その1時間後、僕はユースホステルに帰りシャワー室に駆け込んだ。

シモンは最後まで、僕にはポーランドにハニーがいると言って、そのドアの向こうには行かなかった。
彼も、意外にビビっていたのかもしれない、だから僕に行かせたのだ、そう思った。シモンは23歳だ。

19歳の僕と23歳のシモンと25歳のオリバーの話。

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