2014年8月25日月曜日

チェンライの夜

チェンライというタイ北部の街に滞在しているとき、お酒を飲み過ぎてしまったことがあった。夕暮れ時に住宅街を歩いていると、3人組のタイ人が軒先で酒盛りをしていて、声を掛けられたのだ。ものの20分ほどで3、4杯の蒸留酒をグイッといく。3人とも上半身裸で、よく蚊に刺されないものだ。いや刺されないわけではない。ただ、こうして仲間と酒を酌み交わす瞬間が好きなだけなのだ。昼口うるさい女性陣がいて、昼間の熱気が残る屋内も、きっと論外に違いない。もっとも年長ででっぷりと太った男性が言う。

「酒があれば、だいたい幸せ」

泥酔に近い状態で宿に戻る。チェンライに着いて、適当に散歩しながら見つけた宿は、300バーツでプライベートルームとプール付き。夜風にあたって酔を覚まそうと、部屋の目の前にあるプールに足をつけて座っていると、1人の女性がプールの底から浮かび上がってきた。5メートルほど離れたところにあるチェアに座った彼女は、目を凝らしてこちらを見ると、「あら日本人なの、珍しい」と話しかけてきた。慌ただしい日本の生活に疲れた心身を癒すため、1年に一度ここに来るらしい。「チェンライやこの宿は、日本人が少ないから好きなの」と言いつつも、たまには日本語で誰かと喋りたいのか、あるいはひと回りほど年が離れたこの大学生然とした若者ならば、日本社会を思い出すこともないのか、ポツポツと話し始める。

日本での仕事のこと、チェンマイでなくチェンライが好きな理由、タイの客引きの煩わしさのこと。「僕はここからラオスに行って、東のベトナムに抜けようと思っているんです」。彼女の「どんな予定なの?」という質問に答えたのだが、さして興味なかったのだろうか、適当な相づちが返ってきただけだった。

当時、酔っ払うとタバコを吸うという習慣を持っていた僕は、「タバコはないか」と尋ねた。チェアの足元にタバコの箱があったのを見ていたのだ。彼女はタイ語で書かれたマルボロの箱を投げてよこした。箱を開けると同時に彼女は言った。「タバコじゃないやつも吸っていいからね」。見るとタバコ状に巻かれたマリファナが入っているようだった。「日本ではやらないけど、タイに来ると、ちょっとだけ嗜むのよ」。

タバコの箱から顔を上げると、チェアから立ち上がった彼女が少しだけこちらに近づいていた。水に濡れた髪をたなびかせながら、じっとこちらを見ている。タイ人に比べて恐ろしいほどに白い肌だが、申しわけ程度でも日に焼けているようだ。露出した部分以上に真っ白な肌が、チラチラと水着から顔を出している。酔いではない別の何かによって動悸が激しくなっている自分に気づく。アルコールの臭いが彼女の癇に障るのではないかと心配になる。タイ人が勧めてきた臭いのキツい川魚を食べたことを後悔した。

「タ、タバコだけもらいますね」そう言って、視線を彼女からタバコに戻すと、彼女も体の向きをプールへと戻した。長い髪を束ねて水を絞り出し、左腕に巻いていたヘアゴムで縛った。そしてチェアの背もたれにかけていた白いブラウスを着て、僕からマルボロを受け取ると、部屋に戻って行ってしまった。

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