2011年5月20日金曜日

◇初めての海外一人旅 〜ヨーロッパ サッカー編〜

2005年2月。
シモンが誘ってくれた『甘い誘惑編』の一夜が明けた。
初めての一人旅の夜だというのに、ぐっすりと眠ることができた。シモンのおかげだろうか。今後、ポーランド人が粋がって、日本人の無垢な若者を舎弟にすることをおそれた僕は、「意外とビビってたんだろ?」と言ってやろうと思ったが、朝食の場にシモンの姿はなかった。まあ、今回は大目に見てあげよう。

この日、僕には明確な目標があった。それはドイツで活躍するサッカー選手の高原直泰のサインをゲットするというもの。「行けば会えると思うだって? 甘いんじゃない?」「もし会えたとして、サインしてもらえるなんて甘いんじゃない?」東京を出発する前、友人たちは、一様に僕の試算の甘さを指摘した。けど、僕には勝算があった。
白人美人との「甘美な一夜」を乗り切ることが出来たのだから、僕には不可能なんてない、なんてことは微塵も思ってない。
実は、高原は僕が通った小学校の隣の山田小学校だったのである。市の選抜チーム(三島市)で言えば、先輩後輩にあたり、当時の監督やコーチといった共通の話題もたくさん持っている。それを種とし、思い出話に花を咲かせ、サインをゲットするのだ。宿でハンブルガーSVの練習場所を聞き、列車に乗って向かうことにした。

道中、『キャプテン翼』の最終話を思い出していた。中学を卒業すると同時に、ブラジルへ渡る決心をした翼くんは、最後に奥寺が率いる日本選抜の練習場に、飛び込み勝負を挑むシーン。翼くんは実力を認められ、なんと日本選抜のグレミオFCとの試合にデビューしてしまうのだ。
ハンブルガーSVの練習場に着くと、フェンスは低く誰でも飛び込める状態だった。翼くんと同じようにグラウンドへ飛び込んで勝負を挑むというシュミレーションを頭の中でくり返した。

2月の北ヨーロッパはとんでもなく寒いうえに雨がパラパラと降っていた。なかなか出てこない選手たちにいら立ちをおぼえはじめた。と同時に、ある話を思い出した。「冬のヨーロッパの練習は寒さを理由に中止になることがある」というもの。急に不安になる。
さらに30分待って、とうとう僕は痺れを切らしてクラブハウスらしい建物へ「どうなってんだ、今日は練習やらないのか!?」と怒鳴り込んだ、いや怒鳴り込んではいない。ビビりながら、小さい声で「今日は練習って…」とだけいうと、困惑したスタッフの方は、たいへん親切に「いや、今日はAOLスタジアムでの練習日だよ、そこへ行けば見られるはずさ」と、教えてくれた。そこの練習場で待った2時間は、僕の人生にとって、決して無駄ではないと信じたい。

ハンブルガーSVのホームグラウンドAOLスタジアムは荘厳な面持ちで、僕を待ってくれていた。その姿を目にした時、「高原に会えなくても、いいや」と思った。いや、本音を言えば、この雰囲気だと会えそうにないなと思ったのだ。
先ほどの失敗をくり返さぬよう、スタジアムに着くとすぐにスタッフへ尋ねた。「今日は、あれですよね、確か練習日だって聞きましたけど」
「そうだよ、あっちから入れるからどうぞ」
中にスコスコ入っていくと、練習見学者たちが15人ほどいた。その中に、日本人のおばさんがいて、僕の姿に気づくと話しかけてきた。
「あら、新顔ね。高原くんを見に来たのね」
「そうです、サインをもらいたいなーと思ってきました」
「そう、頑張ってね。ただ今日はスタジアム練習だから厳しいかもしれないわ」
落胆する僕を励ますことなしに、彼女は見学に戻っていった。
落胆するも、僕は心を持ち直す。
(いやいや、そうは言っても僕には高原「くん」との共通の話題を持っているのだよ)と、一人ほくそ笑む。ざまあみろ、おばさん!!
きっとそのおばさんは、現地ジャーナリストかライターでもやっているのだろう。素人に毛が生えたような人でも、海外だと現地にいさえすれば、それなりにルポルタージュとか記事とか書けてしまうと聞いたことがある。取材や選手との接触が容易なのだとか。
おばさん、その程度ならオレのほうが熱い会話が出来るぜ。

しかし困ったことに、続々と集まる選手たちにも拘らず、高原は姿を見せない。
とりあえず、ここはトイレにいって落ち着こうと、いったんスタジアムの外に出ると1台の車が駐車場に滑り込んできた。目を凝らすと、なんと高原だ!
一瞬で緊張感が高まる。頭の中で高原「くん」と共通の話題のおさらいをしながら、僕は駆け寄る。高原は遅刻らしく、急ぎ足でスタジアムへと向かっていく。「や、やまだ小学校、い、いやちがう、その…」なかなか声を掛けられないまま、ドンドン高原の姿が小さくなる。プライドを捨てるしかない。
「高原“さん”! サ、サイン下さい!」
高原は振り向くと、「いいよー日本から来たの?」とサインをくれた。
「ちょっとね、寝坊していそいでいるから、じゃあね」と踵を返したので、
「や、山田、じゃなくって…、あの、写真とらせてください!」
「OK」とかっこ良くポーズしてくれた。

こうして、僕はヨーロッパのサッカーとの初コンタクトに成功したのである。次号は、カンプノウでのバルセロナの試合をお伝えしたい。

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