2011年10月7日金曜日

シンガポールを脱出せよ

●足が太いのにホットパンツを着る

「国境はどこですか。マレーシアへ行きたいんだけど」

国境近くのマクドナルドのレジで、僕が尋ねるとマレー系の彼女は「私に任せて」と言わんばかりにウィンクをした。
マレー人にウィンク…。少し違和感を感じた、というか彼女の雰囲気にはウィンクはミスマッチだった。足が太いのにホットパンツを着る女の子みたいだ。

「そっちに行けば、国境よ」
万遍の笑みを浮かべて、彼女は答えてくれた。でもぜんぜん僕の好みのタイプじゃなかったので、その笑みは東南アジア特有の猛烈に強い冷房にのって消えていった。
「OK、サンキュー」
とだけ答えて、僕は踵を返した。次からは可愛い子に尋ねようかな…なんて考えていると、それを察したのか、さきほどの女の子が僕を呼び止めた。
(いや別に君が可愛くないから、何も買わずに行ってしまおうってわけじゃないんだよ、っていうか、それって英語だとなんて言うんだ?)とテンパりながら振り返る。

「紙かなんか持ってない?」
妄想に反して彼女は微笑んだままだった。ノートならカバンにあったけど、面倒だった。何度も言うようで申し訳ないが、彼女が可愛かったのなら話は別だが、あいにく興味が沸くような子ではかった。
「持ってないんだ」
素っ気なく答える。
「そう…」
彼女は少し困った顔をして考え込む。
すると、何かを思いついたように、レジでピピッとした。レジからレシートが少しだけ出てきた。レシートのロールの詰まり防止ボタンか何かを押したのだろう。彼女はそのレシートの切れ端で、僕のために国境までの地図を書いてくれた。

●恋の瞬間は、些細なことで

えっ? 僕はその「機転」に驚いた。

日本でレジの店員さんが外国人に道を尋ねられ、テンパる様子は容易に想像できる。とは言え、基本的には人がいい日本人なので、少しでも英語の話せる人がいれば戸惑いながらも道を教えてあげるだろう。
だが、「とっさにレジからレシートの切れ端を取り出して、そこに地図を書き込む」なんて離れ業ができる人はどれだけいるだろうか?

僕は彼女に感動した、と同時に彼女のことが一気に好きになってしまった。

「君、マクドナルドでレジの店員をやめて、僕と日本でビジネスをしよう。もちろん君は僕のハニーになるんだよ。そうだな…子供は3人で、世田谷にあるインターナショナルスクールで、育てようじゃないか。日本とシンガポールとマレーシアの3つの名前をつけようね。日本語とマレー語とシングリッシュができる、国際的な子供…ステキだと思わないかい?」
と言いかけて、僕はその言葉を飲み込んだ。旅に出て2日目で何を言おうとしてんだ、このバカちんが。ということで、買う予定のなかったマックシェイクだけで何とか我慢して、僕は国境へととぼとぼと歩いた──。




●シンガポールを脱出せよ


シンガポールの滞在はほぼ一日だけだった。
なぜかと聞かれても答えに窮する。シンガポール(華僑)の都会っ娘の生足がとても綺麗で(性欲的に)我慢できなかったからというわけでもないし、一泊1000円以上という宿代に怖れおののいたわけでもない(それまでに旅をしたことがあるアジアは中国だけだったが、宿代は一泊数百円だった)し、シングリッシュがよく聞き取れず、自分の語学力のなさに落胆したからというわけでもないし、アイスクリーム事件(※他記事参照)でビビったわけでもない。いや、それらはすべて事実だ、答えなんて自ずからわかっている。

でも一番の理由は、旅を味わいたかったからだ。そのためにはシンガポールは都会すぎたし、洗練され過ぎていた。
とっととマレー鉄道に乗って、旅情にふけりたかったというのが本音だ。

旅の2日目。シンガポールで朝9時に起きると、まだ同じドミトリーの白人バックパッカーたちは夜遊びにお疲れなのか熟睡していた。

彼らを後目に僕はそそくさと宿を出た。
国境近くに行けば何とかなるだろうと思い、空港でもらった地図を頼りに、シンガポールのMRTに乗って、もっとも国境に近そうな駅へと向かった。

駅を降りて僕はコンパスを取り出す。コンパスは裏切らない。「コンパスが指す北のほうへ向かえば、マレーシアに行ける」そう信じて北へと足を運んだ。
しだいに、雑踏が見えてきた。国境周辺にいることは間違いなかったが、イミグレーションの正確な位置がわからなかったので、僕は近くにあるマクドナルドに入ることにした。そこでレジにいる女の子に国境の場所を聞くと親切にも地図を書いて説明してくれた。
僕はその地図を頼りに何とかイミグレーションオフィスに着いたのだった。

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