2011年10月7日金曜日

ジョホールバル 3日目のこと


●ジョホールバルにやってきた

「ジョホールバルって町は何にもない所です」
「……」
「えぇ、もちろん日本での知名度は高いですよ。でも、名前だけが一人歩きしているところがありますね」
「……」
「いえ、そんなことはないですよ。ただね、僕は思うんですよ。日本人でなかったらこの町に泊まることはなかっただろう、って。この町の名前に対する引力に対して敏感に反応してしまっただけなんだと思います」
「……」
「来てみての、感想ですか? ですから先ほども言ったように名前負けしているなぁという以外とくに何もありません」

橋で繋がれたシンガポールとマレーシアの国境を僕は歩いて渡る。シンガポールの出国審査もマレーシアの入国審査も至極簡素であっさりしたものだった。ちょっと隣町へ買い物へ、という感覚で地元の人は国と国を行き来しているのだ。
本で何度も読んだそうした事象も、実際に目の当たりにするとなかなかどうして感慨深いものがある。
あぁ、みんな国境なんて、買い物袋をぶら下げながらさくさくと歩いて渡るものなんだなぁと。

ジョホールバルは「ジョホールバルの歓喜」を喚起させるようなものは何一つなく、見所もない平凡な町であった。
「ジョホールバルになぜ泊まったのか?」というインタビューを受けたら冒頭のように答えるだろう。


●マレー鉄道のチケットを買う

翌日にマレー鉄道に乗るためのチケットを買う。
マレーシアではバスでの移動のほうが一般的のようだが、僕は電車に乗りたかった。
旅の出発前に見た『ダージリン急行』が影響しているのだろう。『ダージリン急行』では三男のジャックが電車の中で行きずりのセックスをするシーンがある。
お相手はインド現地の魅惑的な女性だ。心のどこかで僕もそんなシチュエーションを期待していたのかもしれない。

駅にあるチケット窓口で、マラッカに行きたいと言うと「それならバスがいいわよ」と言われた。
「バスじゃなくて、電車で行きたいんです」
「どうして? マラッカは電車が通っていないのよ。残念だけど、マラッカと言う駅は存在しないの」
「バスだと他の乗客と近いから無理なんです。どうにかして列車に乗れませんか?」

窓口の女性に無理だと言われれば言われるほど、電車の中での秘め事が頭をよぎる。
食べるなと言われれば食べたくなる、するなと言われればしたくなる。子供のような発想だ。旅は思考回路を幼少時のそれに戻してしまう作用がある。

「わかったわ。どうしても電車がいいのね」
彼女の「どうしても」というセリフがどうしても意味深に聞こえてしまう。あぁ…。
「そうしたら、このTampinという駅で降りなさい。ここがマラッカから一番の最寄り駅よ」
かくして、無事明日の電車の切符を手に入れることができた。

ジョホールバルで泊まったのは新山ホテルという一泊800円ほどの安宿。
その中でもベッドのせいでドアが全開できない最も狭い部屋だった。窓はなくエレベータが隣接しているため、ものすごい轟音がした。シャワーもトイレもない。
が、客も少ないためか、轟音に悩まされることなく眠りにつくことができた、妄想は程々にして。

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